日本昔話し 「 有笠塩五郎」の物語り

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     この石の門があまりにも不思議なので、勝手に童話を創作してみました。



     むがしむがしそのむがし、上野(こうずけ)の国沢渡村に塩五郎という、若者がおったそうな。
    塩五郎は有笠山・藪の中の塩の岩山から、寛永19年まるでこの世の終わりかと思う程、大きな地震があった日に、ぴょこっと生まれ、村の長者小日衛門翁と婆に拾われて、大きくなった。 塩五郎はチビ助の上、何時も洟垂れでやぶ睨み、で村の子供達からは嫌われおったが、とても働き者じゃった。山に入っては、竹の子、こごみ、うど、蕗、芹、等を取り、山葡萄、栗、アケビなど毎日毎日いっぱい取ってきました。


     そんな塩五郎を爺はこよなく愛しておりました。塩五郎は料理が得意で、よく爺と婆をもてなしていました。その料理には秘密がありました。他の誰が作ったものより美味しいのです。やがて村中の噂になり、一口だけでもいいから、そのお煮付けを食べさせてくれと行列が出来る程でした。(この当時まだ塩というものがなかった時代じゃった)
     行列の出来る店の伝説は、はここから始まったとも云われている。


     そんな塩五郎の唯一の楽しみは、自分が生まれた有笠山の岩壁を、登ったり降りたりすることじゃった。有笠山の流紋岩の岩肌に指先を触れるだけ、それだけで幸せじゃった。それは爺にも婆にも内緒でした。
     岩場の前に来て 、人は何のために生まれて来たのだろうか?人々にとって幸せとはなんだろうか?とか物思いにふけるのでした。
     そして秘かに決意したこと、それは決して人を裏切らないこと、人々を喜ばせること、
    人々の幸せのために尽くすことを。


     その内塩五郎の体に変化が現れてきました。体が硬くなり、指先が丸く削れてきたのです。それでも村の人々は塩五郎の料理を目当てにやってくるのです。
    心配した小日衛門は「もう料理はやめ!」と諭すのですが、やめられません。身を削りながらも、貧しい村人達のためにご馳走を振舞うのです。
      
     第2部「塩五郎の旅」へ続く・・・・・。

     
          
     
     

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      • 2020.01.06 Monday
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      コメント
       流紋岩とは 安山岩と同様にマグマが地表に出て 急速に冷やされて固まった岩である。両者の違いは マグマの成分の割合の違いによるものである。流紋岩と同様の成分のマグマが 地下の深い所で ゆっくり固まったのが花こう岩である。安山岩と同成分のマグマが地下深く固まったものは せん緑岩という。   らしい。
      • o研究所
      • 2007/05/12 3:12 PM
      半分おふざけで書いてみたのですが、一部にお世辞にも「面白い」といってくれましたので、チョットマジになりました。
       時代考証はさておき、おかしいと指摘されたところを修正しました。そして馬鹿馬鹿しい続物にしようかな?とか考えています。
      • yanashio
      • 2007/05/14 1:44 PM
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